大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成10年(フ)3391号 決定 1999年3月10日

主文

債務者甲野太郎を破産者とする。

理由

1  申立て

債権者乙川花子ほか五名(三三九一号事件)、債権者丙山一郎ほか五三名(八〇三四号事件)及び債権者丁谷春子ほか三五名(八七二九号事件)から債務者に対し、破産宣告の申立てがあった。

2  事案の概要

(1)  債権者らの主張

ア  破産債権の存在

債務者は整理屋と呼ばれる非弁業者と提携して平成六年六月一日から平成九年六月三日までの間に合計一五八二人の多重債務者から債務整理を依頼され、業者に弁護士の名義を使用させて処理していた。①多重債務者らの債務者への法律事務委任行為は、非弁行為を構成する要素であるからそれ自体公序良俗に反し無効である。また、②多重債務者らは整理屋が法律事務を行うことを知らずに契約したものであるから、契約の要素に錯誤があり無効である。仮に、③債務者自身が負債整理を実行していたとしても、弁護士として誠実かつ公正に負債整理をしてくれるものと信じて委任しているところ、債務者は不公正な処理を行ったから錯誤により無効である。

したがって、債権者らは債務者に対し、多重債務の整理について無効な弁護士委任契約に基づき支払った相談料、着手金及び成功報酬(三三九一号事件債権者らは合計額二八〇万五九〇二円、八〇三四号事件債権者らは合計額金二六五六万一四一四円、八七二九号事件債権者らは合計額一七四四万八五二二円)の原状回復請求権としての返還請求権を有している。

イ  破産原因の存在

債務者は、上記破産債権に加えて、神奈川県相模原市在住の知的障害者の男性から共犯者らと共謀の上その心身耗弱状態に乗じて現金、預貯金及び有価証券等合計金三億九〇〇〇万円騙取したとして横浜地方裁判所において準詐欺罪の容疑で起訴されている。この債権も破産債権となる。これに対し、債務者の財産は、自宅の建物の持分三分の二を有していたが平成一〇年三月二六日妻に贈与しているので、二〇〇〇万円の保釈保証金、医療法人同心会に預託した二〇〇八万円の預託金返還請求権、弁護士松江康司に対する預託金三六九万三四六六円の返還請求権だけである。

したがって、支払不能の状態にある。

(2)  債務者の主張

ア  破産債権の不存在

債権者らには債務者に対する債権は存在せず、かつその存在の証明もない。債務者は、債権者らが主張している破産債権の存在を争い、債務不存在確認訴訟を東京地方裁判所八王子支部(三三九一号事件)、東京地方裁判所(八〇三四号事件)に提起した。

債務者は弁護士登録抹消中の昭和五七年から昭和六一年ころまで、複数の消費者金融会社に勤務し、主として債権管理の業務に携わり、多数の消費者金融関係者とつきあいがあった。また、消費者金融業者の悪質な勧誘や厳しい取立ても見聞していた。昭和六二年弁護士に再登録したところ、知り合いに消費者金融関係者で一部良心的な業者から債務整理の相談をされるようになった。平成五年債務整理を中心に業務遂行しようと考え、渋谷に事務所を構えたところ、次第に情報が広まり、一か月に四、五〇人もの相談者が来所するようになった。債務者は、このような多数の多重債務者の整理を迅速かつ適切にまた合理的に処理するため、何人もの事務員を雇用し、コンピュータを導入して、事務処理を遂行していた。利息制限法に基づく減額示談や過払金返還を求めたこともあるが、それよりも依頼者の平穏な生活の維持継続やプライバシーの保護の観点から、依頼者の希望により裁判や調停を経ず穏便な示談を成立させるため、金融業者からの届出額に基づいて返済計画をまとめたものである。したがって、債務者の債務整理実務は適正といえる。

イ  破産原因の不存在

債権者らと債務者との間の委任契約は有効であり、破産債権が存在しない。また、債権者らから現実に損害賠償請求を受けていないし、今後も受ける可能性はない。したがって、債務者は支払不能状態にない。

ウ  申立権の濫用

本件申立ては、債権者らの債権回収が目的ではなく、別の目的でされた不誠実な申立てであり、権利の濫用として却下されるべきである。

3  判断

(1)  認定事実

疎明資料(かっこ内は主に三三九一号事件の書証番号をさす)及び審問の結果によれば、次の事実が認められる。

ア  債務者は、昭和六二年に再登録(登録番号<省略>)した東京弁護士会所属の弁護士(三二期)である。(甲一、二)

イ  債務者は、平成五年ころ渋谷区渋谷一丁目に法律事務所を構えた。債務者が再登録してから逮捕されるまでの間(受付日で特定すると平成六年六月一四日から平成八年一二月四日まで)に、債務整理のために受任した依頼者の総数は一五八二人である。(甲一、五)

ウ  債権者らは、いずれも多重債務者であり、多額の債務の返済に苦しんでいたが、新聞の折込広告やダイレクトメール等によって「低利長期の融資に応じます」「他店で断られた方も歓迎」又は多重債務の一本化などと勧誘され、広告のあった消費者金融会社(この業者を疎明資料から特定することはできない。)に赴いた。ところが、そこではほぼ例外なく貸付けは拒絶された。その上で、「このままでは破産になる」「債務の整理をしてくれるいい人がいる」などといわれて、債務者の法律事務所を紹介された。

債務者の事務所では、事務員が対応し、負債内容等を聞かれた。その結果に基づいて当該事務員が消費者金融業者から元金、利息及び遅延損害金を含めた債権額を聞き出し、その額又は利息相当分を上乗せした額を和解債権額として、数十回の分割と弁護士報酬(減額交渉が成立した場合は減額分に三割を乗じた額が報酬として加算されるが、事例はきわめて少ない。)を含めた返済計画一覧表を作成した。それで債権者らと消費者金融業者とが合意すれば、債務弁済示談が成立した。その際、五分程度債務者が債権者らと面会している。その後、月々約束の金額を債務者の事務所の口座に振り込めば、債務者の事務所が消費者金融業者に振り込むという形で返済が行われた。(甲六―一ないし六、七、一一―一ないし五三)

なお、疎明資料からは債務者の事務所の事務員の人数やコンピュータの有無をうかがい知ることはできない。また、債務者が消費者金融業者との示談交渉する過程において債権額を利息制限法に引き直した形跡は認められない。さらに、債権者らが債務者に調停や裁判によらず穏便な示談交渉を依頼していた事実も認められない。

エ  債務者が、債権者らから支払われた弁護士報酬は、少なくとも三三九一号事件債権者らは合計額金二八〇万五九〇二円(甲六―一―二、一〇―一四、一〇―五、六―四―二、六―五―三、六―六―一)、八〇三四号事件債権者らは合計額金二六五六万一四一四円(八〇三四号事件の甲一―三、二―三、三―三、四ないし五四)、八七二九号事件債権者らは合計額一七四四万八五二二円(八七二九号事件の甲一ないし四、六ないし九、一一ないし二〇、二二ないし二六、二八ないし三五)である。その総合計は金四六八一万五八三八円である。

オ  債務者は、神奈川県相模原市在住の知的障害者の男性に対し、共犯者らと共謀の上、その心身耗弱に乗じ、相手方の財産管理等を委任させ、平成五年八月ころ、現金約一億一〇〇〇万円を、預金・有価証券等約二億八〇〇〇万円をそれぞれ騙取し、合計約三億九〇〇〇万円の損害を与えたという準詐欺の被疑事実で平成九年六月四日逮捕され、横浜地方裁判所に起訴された。被疑事実については無罪の主張をしていたが、第一審では有罪判決となり、現在東京高等裁判所に控訴中である。(甲二―一、二、審問の結果)

(2)  判断

ア  破産債権の存否について

まず、債務者がいわゆる整理屋と提携して弁護士でない者に負債整理をさせていたかについて検討する。上記認定事実によれば、債権者らはほとんどが新聞等の広告により消費者金融業者に赴き、貸付けを拒絶された上で、債務者の法律事務所に行くように言われていること、事務所では事務員が負債概要を聞き取った上で 消費者金融業者と示談交渉し、まとまるころ債務者が五分程度面接をしたこと、債務者は二年六か月の間で多重債務者一五八二人からの債務整理の依頼を受けて処理していたことが認められ、これらの事実からすればいわゆる整理屋と提携していたと強く疑われる。しかしながら、疎明資料からは整理屋を特定することができず、債務者の多数の事務員とコンピュータ導入により事務処理したとの説明も一応の合理性が認められることから、いわゆる整理屋と提携して負債整理をしていたとまでは認められない。債権者らの①及び②の主張は理由がないと考える。

次に、債権者らと債務者との間の弁護士委任契約が有効であるかについて判断する。上記認定事実によれば、債務者の法律事務所では、事務員が対応し、負債内容等の聞取調査をすること、その結果に基づいて当該事務員が消費者金融業者から元金、利息及び遅延損害金を含めた債権額を聞き出し、その額又は利息相当分を上乗せした返済計画一覧表を作成したこと、債権者らと消費者金融業者とが合意すれば、債務弁済示談が成立し、月々約束の金額を債務者の事務所の口座に振り込めば、債務者の事務所が消費者金融業者に振り込むという形で返済が行われたこと、債務者が消費者金融業者と示談交渉する過程において債権額を利息制限法に引き直した形跡は認められず、減額交渉も成功例は少ないことが認められる。ところで、弁護士一条二項は、弁護士の誠実義務を規定するが、これは弁護士の職務の公益性、特殊性から通常の善管注意義務が加重されたものと考えるべきである。そうだとすれば、債務整理を依頼された弁護士としては、たとえ依頼者から平穏な生活の維持、プライバシーの保護のため、裁判や調停を経ず穏便な示談を成立させてほしいと希望されたとしても、貸金業者等の消費者金融業者に対し弁護士が介入した旨の通知と同時に取引経過の開示請求を行い、その結果に基づき、実際に交付を受けた金額、弁済額、利息及び遅延損害金につき利息制限法に引き直して計算した上で、示談交渉をすべきであると解される。したがって、単に消費者金融業者からの届出額に基づいて返済計画をまとめただけでは弁護士の誠実義務に違反すると考える。とりわけ本件では、債権者らが債務者に裁判や調停を経ず穏便な示談を成立させてほしい旨依頼した事実が認められないから、債権者らとしては、弁護士に依頼した以上公正かつ誠実に職務を遂行するであろうと期待していたといえる。すると、債権者らと債務者との間の委任契約は、錯誤により無効と解するのが相当である。債権者らの③の主張は理由がある。

そして、上記認定事実によれば、債権者らは債務者に対し弁護士報酬として合計金四六八一万五八三八円を支払っている。したがって、債権者らは債務者に対し、錯誤無効による不当利得返還請求権として金四六八一万五八三八円の破産債権を有していると解することができる。

イ  破産原因の存否について

上記のとおり、債務者は債権者らに対し、合計金四六八一万五八三八円の不当利得返還債務を有している。また、現在刑事裁判で係争中の神奈川県相模原市在住の知的障害者の男性に対し金三億九〇〇〇万円の返還債務を有している可能性もあり、この債権も破産債権となる可能性がある。これに対し、債務者の財産は、不動産はなく、医療法人同心会に預託した二〇〇八万円の預託金返還請求権と弁護士松江康司に対する預託金三六九万三四六六円の返還請求権がめぼしい財産(保釈保証金は債務者の妻がその妹から借り入れたものと認められるから、債務者の財産とはいえない)といえる。また、審問の結果によれば、本件破産手続及び刑事手続のほか債務者は所属する東京弁護士会に懲戒請求されておりこの手続も進行中である事実が認められる。これらの諸事情を総合すると、債務者は支払不能の状態にあると解するのが相当である。

債権者らの主張は理由がある。

ウ  本件申立ては濫用といえるか

破産債権の存否及び破産原因の存否について検討したとおり、本件申立てが濫用であるとの評価を基礎付ける事実は認められない。

債務者の主張は理由がない。

4  結論

以上のとおり、債権者らの債務者に対する本件破産宣告の申立ては理由があるから、主文のとおり、決定する。

5  なお、破産法一四二条により次のとおり定める。

①  破産管財人 東京都千代田区飯田橋<番地略>

カクタス飯田橋ビル三階<号室略>

山崎・秋山法律事務所

弁護士 秋山清人

②  債権届出期間 平成一一年四月二八日まで

③  債権者集会の期日及び債権調査の期日

平成一一年六月二四日午後二時

平成一一年三月一〇日午後一時破産宣告

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例